元ひきこもり、ADHD。生きづらさを語る。

中学3年間不登校、20代ひきこもり正社員歴なし、そして30代でADHDと診断を下された人間の日記。

玉虫色の人生

好きなことを仕事に出来た方がいいし

極力、楽に稼げた方がいい

貧困よりも裕福が良いし

孤独よりもパートナーがいた方が良い

そんなことは

言われなくても解っている

 

だが、それが出来ない、出来なかった場合は?

 

テレビにせよネットにせよ書籍にせよ

出来ない、出来なかった人生への

フォローやエールが少なすぎるように思える

 

ドラマにも描かれず

曲の歌詞にもならず

映画化もされない

 

そういった

創作にもならない人生だってある

 

やりたいことも出来ず

孤独状態が続き

ツライ状況から抜け出せず

何も果たせなかった

そういう人生も

案外ありふれたものだと

ぼくは思っている

 

それは怠慢の結果かもしれないし

努力が報われなかった結果かもしれない

運が悪かっただけなのか

経済的な理由なのか

いずれにせよ

他人にとやかく言われる筋合いはない

 

どんなに不幸な状況であれ

皆が皆、即、死のうとはならない

大抵は、希死念慮に苛まれつつ

無気力に陥りつつも

辛うじて日々をやり過ごして

生きていくもんだろう

 

何もかも手遅れだから

一切を諦めて

仏陀のように悟りを開けるわけでもない

 

心の中にわだかまりを抱えながら

後悔を携えながら生きていく

嫌でも仕方なく

今日を過ごし明日を迎える

 

そんな日々を苦悩しながらも

いずれは、自分が実現可能な

人生の折衷案のようなものを

見いだせるかもしれない

 

しかし、そんな折衷案すら見いだせず

命を絶った人たちも大勢いるはずで

だからといって、命を絶った人たちの人生が

間違っていただなんて

傲慢なジャッジはしたくない

 

人生が転がり堕ちる切っ掛けは

色々とある

例えば

歯がちょっと出ていることを気にして

笑えなくなった人もいるだろうし

声が変だと言われて

人前で喋れなくなった人もいるだろう

 

そういったことが切っ掛けで

自信が持てなくなり

段々と他のことにまで影響し

やがて、外に出ることすらできなくなった

というケースも十分にありうると思う

 

だからといって

赤の他人に

お前はあの時ああすればよかっただなんて

説教をされる謂れもない

 

苦しみを引き受けながら

前に進む人もいれば

命を絶てず

死ぬことすらできない人もいる

 

なにが正解で不正解かなど

誰にも決められないし

誰にも決めさせてはいけない

 

ただ、そういった人生もある

というだけの感想で留めるのが

人情ってもんだろう

 

ぼくは自分の中の確かな納得感みたいなものを

模索している段階で

それはきっと

テレビにもネットにも書籍にも

あまり書かれてはいないこと

なんだろうと思っている。

 

明日みつかるかもしれないし

一生みつからないかもしれない

自分だけの納得感を探し続けるつもりだ

 

いずれにせよ

今日も生きている

明日もたぶん生きると思う

 

それでは