元ひきこもり、ADHD。生きづらさを語る。

中学3年間不登校、20代ひきこもり正社員歴なし、そして30代でADHDと診断を下された人間の日記。

出来損ない

曲がりなりにも働いていると

自分が普通の人間であるかのような

錯覚に陥ることがある

他の人と同じように

笑いあったり

ふざけあったりできるかのような

そんな妄想を抱いてしまう。

 

だけどそんな妄想をしたって

結局は落ち込むだけだ

 

意図したことが伝わらなかったり

相手の言葉に上手く返せなかったり

 

そんな失敗を永遠に繰り返してる

 

ぼくは誰とも解りあえないし

誰ともつながることが出来ない

人間未満の存在

それが現実なのだ

 

なんのために働いているのか

こんな生活を維持する意味なんてあるのか

いつもそんなことを考えている

 

だけど、そんな考えも

ぼくみたいな畜生にとっては傲慢でしかない

いま働けていること自体が奇跡で

職場の人たちの温情や

人手不足という社会的背景によって

もたらされているだけで

ぼく自身が掴んだものでもなんでもない

ただ、運がよかっただけにすぎない

 

このまま心療内科に通院して

精神障害者手帳を取得したとして

あるいは、職を辞して

にっちもさっちもいかなくなって

生活保護を受給したとして

だから、なんなのか

ただ、苦しみを継続するだけなのに

なんでそうまでして

自分が生にしがみつこうとしているのか

滑稽でバカバカしくなる

 

生きる理由を無理やり探しているけど

未だに解らない

どこにいても

部外者のように思えてくる

ぼくが存在していい場所なんてない

誰とも解りあえないのに

独りでいることも満足にこなせない

自分自身にもう心底ウンザリしている

 

死ねないから生きている

 

本当に、これだけに尽きる

 

それなのに

ぼくの中に残っている

微かな人間らしさが

頭の中で

負けるな、がんばれ

って囁いてくる

 

何をがんばればいいのか

ぼくにはわからないが

このままじゃダメだという

無意識が働いて

ぼくは焦燥感に駆られる

 

20代後半ごろから

死にたいという独り言が増えた

ふとした瞬間に、嫌な想い出が

頭の中によぎったときに、死にたいという

ひとりごとが口から吐き出されるのを

抑えられなくなってきた。

 

10代のころは独り言をつぶやいている人を見ると

失礼ながら「キモイ人だな」と思っていたのだが

いまとなっては

自分がその「キモイ人」になっている。

 

せめて、職場では抑えるように必死になっているが

油断していると、働いているときでも

死にたいとつぶやいてしまっている自分がいて

危なかったりする

 

職場では

がんばって普通の人のように

擬態しているつもりでも

普通の人には到底なれやしない

どう足掻いたって

出来損ない

程度が関の山だ。

 

ぼくはもう

ほとほと

この人生に疲れてしまったのだが

前述したとおり

これからも

死ねないから生きていく

のだろう

 

残念ながら

 

そういう人生だ