元ひきこもり、ADHD。生きづらさを語る。

中学3年間不登校、20代ひきこもり正社員歴なし、そして30代でADHDと診断を下された人間の日記。

歳をとってからますます親への恨みが高まっていく件

20代のころ

引きこもりながら実家から出られない

自責の念と共に

親への恨みがあった。

 

30手前で派遣バイトにつき

社会復帰し、実家を出てからは

恨みが晴れたとは言えないまでも

気にしない程度にまで落ち着いていた。

だけど、最近になって

親への恨みの念が沸々と

湧き上がっていくのを感じている。

結局のところ

自分の人生が上手くいかない理由を

どこかにぶつけたいという

責任転嫁なのかもしれない

そりゃそうだ

社会復帰したからといって

何か楽しいことがあるわけでもない

ただ、自分の食い扶持を稼げるようになった

というだけで

依然として孤独である

新しい友達ができたわけでも

恋人ができそうな気配もない

働いて家に帰って死んだようにネットを眺めて

寝るだけの日々だ。

 

こんな人生を送らせるために

ぼくを産みやがったのか。

そうも言いたくなる。

 

ぼくが10代のころ

涙ながらに高校を辞めさせてくれと

親に頼んだことがあった。

高校で、いじめとはいえないまでも

それに近い仕打ちを受けたことがあり

精神が壊れる寸前のところで

母親に退学を頼み込んだのだが

母親はそれを受け入れてくれなかった。

ぼくは結局、心を殺して高校へ通い続けた。

その結果、ぼくは高校を卒業してから

今まで我慢して高校に通っていた

反動で引きこもった。

 

今でもその時、母親に懇願したことを思い出す

あの時、適切に対応してくれていれば

ここまで惨めな人生を送ることはなかったのにと

親の無理解が許せない自分がいる

 

ぼくはもう30を超えた中年男性であるが

10代の頃から段階的に成長することが

出来なかったゆえに

年相応の経験値というものがまるでない

それは、もちろん自分自身の不甲斐なさが

主な原因ではあるけど

だけど、そもそもの元凶として

親の無策さが、どうしても許せないでいる。

 

実際には言わないけど

面と向かって罵詈雑言を浴びせたい

衝動に駆られるときがある。

 

 

子供を育てる能力のない人間がどうして

子供を産もうと思ったのか

ぼくが人生に躓いたとき

どうして何も対処してくれなかったのか

ただ、実家で子供を飼っていることが

自分の役割だとでも思っていたのだろうか

ぼくが引きこもりたくて引きこもっていたと

思っていたのだろうか

親の頼りになどなりたくもなかったのに。

 

 

 

ぼくの実家は母子家庭で

母親はずっと働いていたんだよな。

母親は一日中働いていながら

家事も全部自分でやるような人間で

ぼくに何もやらせようとしなかった

そういう環境のなかで

育ってしまったおかげで

腑抜けきった状態で成人を迎えるハメになった。

 

 

人として何も出来ない状態で

大人になるまで放置されてしまってさ

社会に出て苦労するのはこっちなんだよ

本当に、無責任すぎる。

 

だけど当時はそこまで考えが及ばなかった

ぼくは、母親に苦労を掛ける

ダメな引きこもりだと

半ば本気で思っていたんだからさ。

 

今はそうは思ってない

それよりも、ぼくが人間として本来備えていた

可能性を根こそぎ奪っていったのは

母親そのものだったと思ってるよ。

 

それはさ、自立してから気づいたというか

働いていくうちに解ってきた。

世間では親のありがたみなんていうけど

ぼくの場合、親が成長の阻害になっていたからな。

 

まあ、ここまで親のこと

散々disったけど

もうやめにしたいとは思ってる

こんなこと言ってたってしゃあないよね

これからのこと全部、自分でなんとかするしか

ないんだから。

 

んなこたーわかってんだけど

無性に苛つく今日この頃。