元ひきこもり、ADHD。生きづらさを語る。

中学3年間不登校、20代ひきこもり正社員歴なし、そして30代でADHDと診断を下された人間の日記。

自分のことが嫌いでもいい、好きになる必要はない

どうもモッキーです。

 

自分のことを否定してはいけない

自分のことを肯定しなければならない

自己啓発本なんかを呼んでいると

大体はそんな風に書いてますし

いわゆるキラキラした人たちも

そういう風なことを

おっしゃることが多いと思います。

 

だけどどうなんでしょうね

自分のことが好きになれないときや

肯定できないときに

自分を好きになれって言われたって

出来ようもないじゃないですか

 

ぼくはいまも昔も

自分のことが嫌いなんですけど

自分が嫌いだったからこそ

引きこもりから

社会復帰できたし

今も自立して

生きていけてると思っています。

 

ぼくは他の人より劣っているし

引きこもっていたせいで

何週も成長が遅れている

だから尚更

文句を言ってちゃいけないよな

グッと堪えなきゃならないよな

平身低頭

まじめにやるしか道はないよな

そう戒めて

今まで働いてきました。

 

働きたくても働けなかったり

寂しいけど孤独だったりする場合も

自分を好きになる必要ってあるんですかね。

そんな状況下の

自分のことを好きになってしまったら

もう行動する理由がなくなってしまう

そんな気がします。

別に汗水流さず

これまで通りじっと家にいて

そういう自分が好きなら

それでいいじゃないですか。って話です。

 

だけどやっぱり働きたいな、と思い立ったときや

今までの生活に嫌気がさしたとき

そういう時に原動力になるのは

自分のことを嫌うことじゃないでしょうか。

 

自分のことが死ぬほど嫌いだ

だけど、いつかは

好きになれるように

改善してみよう

 

自分のダメな部分を一つ一つ

見直して

極力無駄な一日をなくしていこう

それでもダメなら

その時は仕方がない

やり切ったあとなら

諦めもつくってもんです。

 

というわけで

ぼくは自分のことを嫌うことは

そんなに悪いことでもないし

自分が嫌いだからこそ行動できる

場合もあると考えています。

 

だけど

自分のことを嫌いすぎて卑屈になったり

精神的に参ってしまうこともあるtp

思いますので

あくまでも行動をするための

方便というか

行動をするための理由付けとして

自分を否定していく

というメタ視点が肝心だと思います。

 

ちゃぶ台を返すようでアレなんですけど

自分を好きになろうが嫌いになろうが

しょうじき、どっちでもいいんですよ

結局のところ

ポジティブな方が合ってるか

ネガティブの方が動きやすいか

人によって違うと思うので

合ってる方の考え方を

選んでいきましょうって話で

どっちかが正しいとか

そういうことを言いたいわけではないです。

 

それでは。