元ひきこもりの日記

中学3年間不登校、20代ひきこもり正社員歴なし、そして30代になった人間の日記

人生を矯正するための自戒メモ

自宅を快適にしない

自宅が快適だと

外に出たくなくなるので注意が必要

不快にする必要はないが

ある程度、外に出ても不愉快さを感じないよう

自宅を不便にする。

例えば、寒くても暖房を控えるなどすれば

外に出て、どこか店にでも入った方がマシだという

環境を意図的に構築できる。

 

テレビを捨てる

バラエティ番組などから

流れてくる心無い一言などに

勝手に傷つく恐れがある

見たい番組はその都度

ネットで観ればよいし

大抵上がってる。

 

Twitterをやらない

Twitter

いいねやリツイートなど

承認欲が刺激されやすく中毒になる恐れがあるので注意。

Facebookも同じかもしれないがやったことがない)

特に、ダメ人間界隈、病み界隈は

居心地が良すぎるので余計に病むしダメになる。

自制できるのなら構わないが

自制心がない自覚があるなら

いっそのことアカウントを消した方がよい

(ぼくは消しました。)

消した場合、しばらく禁断症状が続くので

ほとぼりが冷めるまで耐えること

 

ライフハックは必要ない

無能な人間の場合

方法論を知ったところで習得できないし

むしろその知識が邪魔になるので注意が必要。

たとえば、断捨離をしようと思った時

断捨離について書かれた本を読む必要はない。

それはただの先延ばしである。

断捨離をしたいのなら、まずやるべきことは

今すぐにゴミ袋に要らないものを詰め込むか

オークションで売るか

大型ごみの処分を市町村に依頼するべきであって

余計な情報や方法論を詰め込まない方がいい

混乱するだけである。

 

効率を意識しない

無能な人間は効率を意識しなくていい

ライフハックと同じで、効率的な方法を知るだけ無駄。

もし勉強したいと思い立ったのなら

今すぐに目的の本を読むか、書くかすればいいだけ

たとえば、漢字や英単語を覚えたいとき

ノートに何回も書いたりすることを

非効率的であったとしても、気にしなくてよい

無能な人間には無能な人間のやり方を通した方がいい。

無能な人間は有能な人間のやり方をマネできないと割り切るべし。

愚直に、馬鹿正直にやった方が結局近道。

特に苦労せずに世の中を上手く立ち回ってる

有能バカ(皮肉)の余計な情報に踊らされないこと

 

運動、ストレッチをする

これも、効率とか意識しないで良い

とにかくやればよい、それだけ

それ以上の得策はなし

運動やストレッチに書かれた本とか必要ないんで

やれ

 

人間が変わるのに数年はかかる

数年かかってようやく

ちょっと成長したかもな

と感じる程度なので拙速にならないこと

すぐに結果が出なくて当たり前

しかし、見える景色は着実に違ってくる

全く働けなかった、働きたくなかったひきこもりから

今現在、労働者として毎日働いている経験から

言えることだが、人間は変わろうと思えば変わります。

ぼくの場合、性根を叩きなおすまで3~5年はかかった。

もちろん、変わらないこと、変えられないこともあるが。

 

孤独は攻守最強の生存戦略である

孤独で寂しい、孤独は惨めだ

と思ってしまうのは仕方がない。

しかし

恋人や家族など、人間関係によって動くに動けず

雁字搦めになっているよりは

孤独の方が動きやすいし

精神的に安定する。

自由すぎて何から手を付けて良いのかわからないくらいに

気楽であるのが孤独の圧倒的な利点であり欠点。

寂しさや惨めさといった欠点を補うに

余りある選択肢の広さに刮目すべきである。

君は誰よりも自由だ!

 

まず目の前のことをやれ

これは前の投稿でも書いたけど

目標を掲げる前に

目の前のやるべきことをやったほうがいい。

洗濯物を畳み、掃除し、飯を食い、歯を磨く

そして寝る

そのうえで、何をやりたいのかを考えればよいのであって

目の前のことをできもしない状態から

しょうもない妄想をしないほうがいい。

日常が乱れ、精神が乱れ始めた時はまず

この大原則に立ち返るべき

 

絶望は心地が良い地獄である

これはTwitterをやめた方がいい、という件と被るけど

絶望、自虐、自己嫌悪、といったネガティブな言動を

日常的に発しすぎると

そこから戻れなくなる恐れがある。

インターネットはネガティブな

言動が受け入れられやすい場所(ワナ)が

ところどころにあるので

うっかりハマって、そこの住民にならないように注意しましょう。

 

以上、追記したい事項があればまた

更新したいと思います。

 

それでは

 

 

M-1後の騒動について思うこと

ぼくはテレビを数年前に処分してから

テレビのない生活を続けているのだが

YouTubeやニュースアプリなどで

気になったテレビ番組の情報はチェックしてる。

 

いま、テレビで

注目されている話題といえば

M-1および、その後の騒動なのかな

とろサーモンの久保田とスーパーマラドーナの武智が

インスタの配信で

上沼恵美子に対して暴言を吐いた件の記事をよく見かける。

 

最初記事を見た時は

とろサーモンの久保田がやり玉に挙がっていたのだが

どうやら詳細を見てみると

暴言の内容としては

スーパーマラドーナの武智の方が悪質だったようだ。

 

話は変わるが

ぼくは、上沼恵美子があまり好きではない

怪傑えみチャンネルが映る地域に在住してるので

上沼恵美子の番組は過去に何回も観てる。

たしかに話術は達者だと思うし、面白いとも思う。

旦那の愚痴などで親しみやすく

主婦層などに支持があるのもうなずける。

しかし、あの好き嫌いの激しい気性の荒い性格が

どうにも受け付けない。

本人も人の好き嫌いが激しいと公言しているようだが

嫌いになる基準が(ぼくからみて)しょうもない。

あいつは楽屋に挨拶にこなかったとか

あいつは態度が気にくわないとか

そんなことをよく自分の番組で

晒しものにして笑いにしていたのを覚えている。

 

関西ではかつて上沼恵美子のほかに

大物としてやしきたかじんがいた。

やしきたかじん

芸能ネタで無茶苦茶な毒舌を吐いていたり

あまり好きではなかったのだが

人柄的には惹かれるものがあった。

というのも、やしきたかじん

自分を落として笑いにすることがあったり

何とも言えない哀愁があった。

 

上沼恵美子の場合、プライドが高いのか

基本的に自分を落とすということはあまりなくて

周りにもイエスマンしかいないし

誰も上沼恵美子をいじれない

腫物のようなピリついた空気が

番組をみていても伝わってくる。

 

さて、そんなことよりも

ぼくがこの騒動で気色が悪いのは

ここぞとばかりに正論吐いて息まいている

インターネット説教マンなんだよな

久保田、武智は今後テレビに出るべきではないとか

吉本は彼らを謹慎にすべきだとか

あの発言は上沼以外の女性への侮辱だとか

なんかもう、うるせえよって感じ

インターネット説教マン

今回の騒動に言及したオール巨人師匠のブログにまで

難癖をつけているようだ。

 

ぼくは今回の騒動で誰がどうなろうと

知ったこっちゃないんだけど

なんかもう、こういう時に鼻息荒くして

正論吐きまくって溜飲下げる

クソ野郎が死ぬほど嫌いなので

スーパーマラドーナの武智の暴言やら

上沼恵美子の芸風とか

実はどうでもよくて

インターネット説教マン

いちいち鬱陶しいな。

 

っていう感想で

締めたいと思います。

 

 

 それでは

心療内科3回目

rnakata.hateblo.jp

 

今回は上の投稿の続きです。

現在ぼくは自分がADHDなのかを

診てもらうために

メンタルクリニックに通っています。

今日で3回目の通院になります。

診断結果は次回に出るとのことです。

これまでに支払った受診料は

3回の通院で計1万円ほどになります。

自分がADHDかを調べるのに

採血や心理テストなど色々検査をして

これだけのお金がかかるんですね。

 

結果的にADHDだったとしたら

これからも通院することになるので

(少なくとも薬の効果を確かめるまでは)

月に1万近くの出費は覚悟しなきゃならないかもです。

 

ぼくは、現在介護職でして

お世辞にも給料が高いとは言えないので

月1万近い出費は結構痛いですね。

一人暮らしですし、頼れる実家も親戚もないので

命を削って通院するようなもんです。

 

しかし、まあ

もしストラテラコンサータといった

薬によってこの生きづらさが緩和されるのなら

安いものだと思っています。

(実際に上記の2点の薬が処方されるかはわかりませんが)

 

それに、自分が本当にADHDなのか

それに近いなにか(ボーダー)なのか

ずっとモヤモヤしたまま生きてきたので

どっちなのかを

医師によって白黒ハッキリさせてほしいんですよね。

 

診断結果として、自分がボーダーだったとすれば

二度と精神科・心療内科に通うことはないと思います。

自力でなんとかするしかないというか

生きづらさを抱えたまま

今までの日常に戻ります。

それでも、自分はADHDではなかったという

結果は得られるので、ボーダーとして

覚悟を決めて生きていくと思います。

 

いずれの結果にせよ

これからも色々と辛いことはあるでしょうし

依然として苦しい毎日は続くでしょう。

 

それでもまあ

 

これまで自分がやってきたように

どうやって生きていくか

その都度、考えたり、考えなかったりしながら

適当に浮遊していくのかなと思います。

 

ああ、生きていて良かったな、と

思えるような日が訪れるまで

自分なりに創意工夫して

足掻いていく所存です。

 

 

 それでは。

リメンバー・ミーの感想

先日レンタルでリメンバー・ミーを鑑賞したので

早速備忘録代わりに感想を書いていきます。

 

万人にお勧めできる良作だとは思いますが

やはりぼくには合わんなというのが個人的な感想。

 

ピクサーの映画は何作かみていますが

どれもノリが受け付けないというか

嘘くささが充満しすぎていて

ノレないんですよね。

こういうので感動できる人生でありたかったと

思いますけど、残念ながら

幼少期から機能不全家族

恋人も友人もいない自分には

受け入れがたいものがあります。

 

リメンバー・ミーでは

死後の世界が描かれますが

 悲壮感などはありません。

なぜなら、生前の記憶を忘れられるような

孤独な人間は第二の死を迎え

死後の世界からも消え失せるからです。

 

この設定にぼくは違和感がありました。

ぼくみたいな人間は

死後の世界でも速攻消え失せてしまうと思います。

観ていてやるせない気持ちになりました。

 

リメンバー・ミーはたしかに良い映画ではありますが

ぼくのような孤独でろくでもない人間に

寄り添ってくれる代物ではありません。

なので

ぼくと同じような人生を歩んでいる方にとっては

逆の意味で泣けてくる映画ではあります。

 

あくまでも

いま現在大切な人がいる人や、大切な人がいた人

家族と仲がいい人などに向けられたもので

そういう恵まれた人が

自分の人生は間違ってなかったんだなと

再確認するような内容です。

 

ぼくのような完全に道を外れた人間が

こういう穿った見方をするのも

野暮だとは思いますが

まあ、しかし率直な感想としては

 

「ふ~ん、あっそ。よかったね」

 

という悔しまぎれの一言を

添えておきたいと思います。

 

というわけで

リメンバー・ミー

 

10点満点中3点

 

でした。

元ひきこもりの社会不適合者が「コンビニ人間」を読んで思うこと。

今更ながら

文庫版のコンビニ人間を読了した。

 

主人公が無機質すぎるために

あまり感情移入しづらかったのだが

ああ解る、という場面もあり

面白かった。

 

ネタバレになるけど

要は空気を読めない他人と群れられない

社会不適合者が

コンビニに勤めてる間は

人間を演じられるというか

人間に擬態できるというお話かなと解釈した。

 

主人公の古倉は36歳の処女で恋愛経験もなく

18年間コンビニで勤務しているという設定。

(ぼくと年齢も近いし、ぼくも30超えて恋愛経験なし)

 

主人公と双璧をなすというか

白羽という

もう一人の社会不適合者が登場する。

コイツが2ちゃんねらーの荒らしみたいな

クズ野郎なんだけど

途中から古倉と思惑が一致し

同棲を始める。

 

ぼくはどちらかというと

白羽タイプなのかな?と

思いながら読み進めていたのだが

どうにも発言の内容がクズ過ぎて

あまり、共感できる人物ではなかった。

ぼくは誰からも借金してないし

周りに気を使いすぎるタイプなので。。。

というか白羽のようにクズに徹することが

できれば逆に道が開けそうな気がするよ

 

社会から異物として扱われている

二人が同棲することで

周りのリアクションが変わっていく展開は

実はぼくもリアルで妄想していることだったので

興味深いものがあった。

 

ぼくも白羽と同じように

恋愛感情なんかなくてもいいから

結婚相手がほしくなる時があるというか

既婚者であるという事実さえあれば

この社会で多少は生きやすくなるのにな

と思うことがある。

今でもそう思うことがあるし

なんなら、古倉と白羽のように

何の縁も感情もない異性とルームシェアでもして

同棲していると周りに吹聴したいという

願望はすごくわかる。

そうすれば、一応人間としての対面を保てるからさ。

 

古倉やぼくのように普通ではない人間

(普通になれなかった人間)

例えばある程度の年齢を超えて未婚とか

恋愛経験がないとか

まともに人とコミュニケーションを図れない奴

そういう人間には

プライベートを好き放題土足で踏み込んでもいいし

上から説教されても仕方がない、みたいな

空気感は確かにある

他の人にそんな失礼な質問しねぇだろっていうことを

聞かれたり、笑われたりすることって自分もよくされる。

痴漢をされるのはミニスカートをはいてるお前が悪い

並に強引な理屈で

プライベートに踏み込まれることがあるんだよな。

 

 

 

古倉、白羽と

どちらも性格的には

共感できるものはなかったけど

ぼくが普段抱えている生きづらさに

差し迫った小説ではあると思った。

 

 

ぼくの場合、古倉における

コンビニ店員のような

自分に向いている

職ではないと思っているけど

介護をやっているときだけは

いっぱしの人間になれるような

感覚になるときがある。

 

どこにも居場所もなければ

誰ともつながりもないのだが

職場にいるときだけは役割が与えられ

存在を許されているような

ホッとする感覚はわかる。

 

社会不適合者が登場するお話は

他にいくらでもあるだろうけど

なんだかんだで恋愛に発展したり

実はなんらかの才能があったりと

結局、自分のような社会不適合者とは

縁遠いお話が多いのだが

コンビニ人間

結末も含めて現実的だなとおもえた。

 

こういう、社会不適合者を題材にした

現代小説があれば

もっと読んでみたいなと思う。

 

恋愛とか家族愛で

けむに巻いてないガチのやつならね

 

それでは。

目の前のことに集中しろ

自分はダメな人間だとか

孤独だ、モテない、ついてないって

永遠に同じ悩みでループしてるんだよ

もうね、いい加減にしてくれって

自分自身にウンザリしてきた。

 

この永遠のループから抜け出す方法って

あるのかな~って

ついつい色んな事を考えては

物思いに耽ってしてうんんだけど

最近つくづく思うのはさ

原点に戻って

目の前のやるべきことに

集中しろよって話なんだよね

 

目の前のやるべきこと

例えば

自分自身の生活のことだよな

部屋が散らかっているなら片付ける

髪の毛が伸びてきたら散髪に行く、とかさ

仕事においても

いくら興味がなかろうと、賃金もらって

働いている以上は、その場所で貢献できるように

尽力すべきなんだよ

それが一端の大人の立ち居振る舞いってもんでしょう

 

目の前のことを置き去りにして

自分の人生をより良い方向へ変えようだなんて

無理な話なんだよな

軸になる土台がないんだからさ

 

人生が上手くいかないと

明後日の方向を向いてしまいそうになる

ありえない妄想に耽ってしまうんだよ

こういうことがあったらいいな

こういう自分になれたらいいな

妄想ってさ、麻薬並みに中毒性があるわけで

なにかを決意するだけで脳汁がでて

その瞬間だけは気分がよくなったりするから

ほどほどにしたほうがいいんだよね

 

人生がなんとなくつらい

この生活に飽きてきた

環境を変えたい…。

いや、ちょっと待て

足元を見るんだ

改善するべき点は

山ほどある

小さなことの改善が積み重なってこそ

変化に意味があるのであって

引っ越したり、仕事を変えたところで

根本的な自分が変わらなければ

元の木阿弥になる可能性が高い

 

だから

自分の生活に停滞感や閉塞感が

ジワジワと渦巻いてきたら

そういうときこそ

自分の原点に立ち返ること

 

目の前のやるべきことから

目を逸らさないことが肝心だと思う。

 

そこから改める

しかないんだよな。

 

とまあ、偉そうなことを書いてますけど

 

うるせえ

それができりゃあ苦労しねえわ

 

と、ぼくの心の中の

ツッコミを最後に添えておきます。

 

さてと、がんばろう。

持たざる者に捧ぐ

今日もお仕事がんばった。

ぼく的には

自分が毎日仕事してるだけでも

がんばってるな、っていう感覚になるんだけど

世間的、いや世界的には

大人は働いてる状態がデフォルトであって

なんら誇れることでもないんだよな。

 

世の中にはさ

ニートやひきこもりってだけで

アドバンテージになる人もいる

元々の育ちや容姿が良かったり

学歴が高かったりするのに

あえてニートやひきこもってるという

カースト上位のアウトロー限定なんだけどさ

元々ステータスが高い人が

堕ちた状態って人の目を惹くものがあるよね

 

ぼくの場合はどうかっつうとさ

育ちも悪いし学歴もない

容姿もクソ

だから、ひきこもっていても

何らアドバンテージになりやしない

ぼくみたいな人並みにも満たない人間は

社会のレールから外れたって

珍しくもないし、当然という風にみられる

ニートやひきこもりという状態が

武器になることもない

だからこそ

なんとしてでも

脱引きこもりをしなければならなかった

 

大人しく社会復帰するっきゃなかった。

そうしないとずるずると堕ちる一方で

生きていけないからです。

 

世の中的には高い経歴を持ったひとが

あえて外れたことをやることで強力なアピールになる

東大を中退したとか、元大企業、元官僚とか…

そういった経歴の人が

先進的な考え方や人生観

新しいお金の稼ぎ方を発信することで

世間の興味を惹き、メディアに取り上げられ

信奉されていくってのが昨今よくある流れだと思う。

 

ぼくはひねくれものだから

元々経歴の高い人があえてレールから外れたとしても

惹かれるものを感じることが少ない

世間的にはそういう人の発言の方が

説得力があるんだろうけど

ぼくは

「ふーん、そうなんだ」

「でもそれって自分の世界線には関係ない話だな」

って思ってしまうんだよな。

 

前述したとおり

ぼくは元々なんにも持ってない人間なので

何かを持っている人の言葉や行動から

知見を得られることってないんだよ

だって、能力も環境もあまりに差がありすぎるからさ。

トンビが鷹のマネしようにも出来ないわけで。

マネしようとしたって虚しいし無駄だろって思う。

 

こういう考え方って

ルサンチマンとか、嫉妬とか

素直じゃないって思われるのかな

まあどっちでもいいんだけどさ

あくまでもぼくは

経歴や能力があるアウトローの言動を

参考にするつもりはないってだけのこと

なんだけど

 

ぼくはぼくのやり方で

ひきこもりから社会復帰して

なんとか自立して働けるように

持って行ったわけだし

 

そんなぼくにとって

どういう方の生き方や考え方が

参考になるのかっていうとさ

個人ブログやTwitterなどで発信してる

「持たざる人」たちの

生きざまなんだよな

 

その「持たざる」人の中にも

色々といてさ

投資だとか一発逆転狙ってる人は

ぼく的にはあまり参考にならんわけ

 

「持たざる」人が落ちぶれて

そこから

真っ当に働こう、就職しよう

コツコツとお金をためていこうと

腹を決めるプロセスであったり

どうすれば社会復帰できるだろうかとか

ひきこもりから脱することができるだろうと

四苦八苦してる姿こそが救いそのものになるし

参考になるんだよ。

 

元々何もない人間が

落ちぶれて窮地に立って

それでもあきらめずに

これからどうやって生きていこうか

社会を渡り合っていこうか

人とのつながりを取り戻していこうか

そういう境地に立った人こそ

応援していきたいし

ぼくもそういう人間になりたいと思ってます。

 

持たざる者の矜持っていうんかな

持たざる者だからこそ発信できるものって

あると思うし

持たざる者だからこそ

その生きざまが

参考になるって人も案外いると思う。

 

このブログはさ

暇つぶしの日記でしかないんだけど

誇れる経歴、環境、容姿、才能など何もない

「持たざる人」に向けて

発信してるっていう側面もある。

 

もしそういう人が

このブログを見つけてくれたら嬉しいです。

 

そしてぼくもそういう人が発信してる

個人ブログなどを是非とも拝見させて

いただきたいなと思ってる。

 

なにも誇れるものがない

全国、全世界の

「持たざる人」へ

 

毎日お疲れ様です。

お互い、諦めずに

がんばりましょう。

 

それでは。