日常と労働と創作

30代。趣味についての記録、報告、備忘録。

人生に虚無感を抱きながら自宅に引きこもってシコシコと「エリーゼのために」を練習していた。

どうも

こんばんにちは。

 

ピアノですが

simply pianoというアプリで練習しています。

 

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Rolandの88鍵の電子ピアノに

iPadminiを接続してます。

 

電子ピアノは

イヤホンを付けて練習できるのが大きいですね。

自分の住まいは安賃貸なので、イヤホンは必須です。

 

simply pianoですが

基礎~中級までの

基本的な奏法やコードを

音ゲー感覚で習得できる

優れたアプリだと思います。
(ただし課金が必要)

 

 

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今はベートーヴェン

エリーゼのために」を挑戦中です。

(ここまでたどり着くまで長かった…)

 

どうやら全体ではなく

前半部分までのようですが。

 

 

ミスりまくりながら

基礎~中級Ⅲをクリアしたものの

エリーゼのために」は

初っ端からムズイです。

そして、これまでの曲に比べて

レンジが広い。

 

まあ、めげずに

コツコツとマイペースで

やっていきます。

 

他にもピアノ練習用のアプリを探してみたところ

良さげなもの発見

「ピアノマスターdp」

 

こちらはPC用ですが

 KAWAIから出ている

ピアノ独習ソフトウェアみたいです。

 

これが、なかなかよさげでして

収録曲にバイエルやハノンもあるみたいで

運指練習にうってつけな感じがします。

さっそく、購入するつもりです。

 

他には「Synthesia」という

MIDIデータを取り込んで

ピアノの練習ができる

便利なソフトがあるみたいですね。

 

いまの時代って、ネットさえあれば

自宅で独学できる環境がいくらでも

整えられるんですよね。

あとは本人のやる気次第という感じで。

本当に、便利な時代になったもんです。

 

 

以前にちょっとだけ

ピアノの個人レッスンを

受けてたことがあるんですが

全然続かなかったんですよね。

 

すぐ隣に講師がいるっていう状況がまず

自分にとって結構なストレスで

気になって集中できませんでした。

(さすがコミュ障)

 

せっかく勇気出して申し込んで

レッスン受けたのに

なんにも習得できず

(本当になんにも習得できませんでした汗)

途中で退会したという経験があります。

 

やっぱり、自分の場合

独りでシコシコと取り組めるような趣味が

向いてるんだろうなと思いますね。

 

 

本当は労働も独りで出来るものであれば

望ましいんですけどね

さすがに、そこまでのスキルはないので

割り切っております。

 

それにしても

改めいうのもなんですが

孤独は圧倒的に

気楽だと思います。

やっぱり自分には

人と関わって生きていくのは

無理な気がして仕方がない。

 

などといいつつ

 

たまにどうしようもなく

寂しくなったりする

自分がつくづく面倒くせえ

 

孤独を気取るにはまだまだ

ひ弱すぎるようです。

 

てなわけで

 

それでは。 

 

 

 

社会不適合者がなんとか社会復帰し、働くという地獄をかみしめる

今の職について4年くらい経ちました

改めて思うことなんですけど 

やっぱり自分は

社会不適合者なんだと

痛感しております。

 

最近、中年のひきこもりが

取りざたされることが

多いように思いますが

中年のひきこもりが

何とか社会復帰したところで

 

ハッピーエンド

 

完。

 

なんて

とんとん拍子に

大抵

ならないと思うんですよね

 

ひきこもりにとって

社会復帰は

ひとつの区切りではありますが

20代後半とかそれ以上の年齢まで

まともに社会に適合できなかった人が

いまさら外に出て、定職に就くとはいうのは

次の地獄の始まりにすぎません。

 

自分がいま

そんな地獄にいる状態です

 

何度もしょうもないミスを繰り返しては

人様に迷惑をおかけし

惨めさと無力感と死にたさに苛まれ

この人生に心底ウンザリしています。

 

食い扶持を得ても

充実感など程遠く

かろうじて

生きている有様ですね。

 

ピアノを始めようと思ったのは

仕事中に繰り返してしまうミスを

減らしたかったっていうのもあるんですよね。

 

というのも

ピアノは短期記憶力を鍛える効果が

あるというのをどこかで散見しまして

それをみて、これは良いかもと思うに至りました。

趣味でありつつ脳機能の維持や向上も兼ねている

というのは自分にとって大きな魅力でした。

 

それ以前は

ニンテンドーDS

ものすごく脳を鍛える5分間の鬼トレーニング

をやってみたりしましたが

長続きしませんでした。

 

大人の発達障害を疑い

専門の病院へいき、検査を受け

ADHDだと診断され

コンサータを処方され服用もしましたが

特に効果を感じることができず

通院費も馬鹿にならないので

病院にいくこともやめました。

 

色々と、自分なりに

注意力のなさや

短期記憶力の低さを

なんとかしようとしたつもりですが

結局、なんともならなかったというのが

現状です。

 

しかし、それでも

短期記憶力を鍛えなきゃ

まともに働くことができない

という現実が残ります 

 

人様に迷惑を掛けてしまう恐怖は

働くことの肉体的なしんどさよりも

低賃金なんかよりも

自分にとっては脅威的です

 

給料をいただき

衣食住を確保し

最低限の生活ができるとしても

働かせていただく以上は

出来る限り

その場におられる方々にとって

邪魔な存在にはなりたくないなと

常々思っていますが

どう注意したところで

1日1回は

しょうもないミスをやらかしています。

 

独りでしか生きられない

コミュ障でありながら

他人のフォローがないと

まともに働けない

どうしようもない人間であることが

とても苦痛です。

 

社会不適合者は

社会にでることで

かえって邪魔になるから

社会不適合者は社会に出ない方が社会のためだ

という

論調をネットで見かけることがあります

 

 

ある状況下ではその論調は正解かもしれません

ですが 、ひきこもっていられるような

資産も環境もなく

社会にでざるを得ない状況というのも

実際にはありまして

社会不適合者を自覚しながらも

働かざるをえない当事者にとって

そんな論調は

なんの救いにもならないのです。

 

だからこそ 

自分が働くことによって

人様に迷惑をかけてしまうという

精神的な負担を

どうにかして減らしていきたいと

もがいている最中です。

 

休日は、ピアノのほかに

読書だったり筋トレも

継続しておりますが

これも、自分にとっては

趣味というより

まともに働くための

リハビリ活動だと思っています。

 

プライベートで

他人とのコミュニケーションを

図る機会がないので

休日明けの出勤時などは

喉が渇ききって

第一声がでないことがざらにあります。

 

休日は疲れた体を休めて

ぼーっとしたいところですが

意図的に

体を動かし脳を使う機会を

ふやしていかなければ

更にポンコツ人間と化してしまうので

なんにもしたくない

自分に鞭を打って動いていくつもりです。

 

悲観的なことを述べていきましたが

働き始めたころよりは

幾分かマシになってきたのは確かかと思います

 

いまでもしょうもないミスをやらかしますし

仕事を辞めたいと思うこともありますが

その頻度は徐々に減りつつあるように感じています。

 

同じルーティンを

何度も繰り返したきたことで

脳への負担が減り

ある程度は省エネで

動けるようになったというのもあると思います。

 

石の上にも三年

ということわざがあります。

 

これも、最近のネットでは

批判されがちな

ことわざではありますが

社会不適合者の自分にとっては

真理だと実感しています。

 

社会不適合者を

自覚している方にとって

1つの職場に居続けるということは

とても難しく

短期的な労働を転々としてしまいがちですが

 

1つの職場で働き続ける

メリットというのもありまして

ひきこもりながら短期バイトを転々と

してきた自分にとっては

居心地の悪さを感じながらも

1つの職場に長く働き続けることによって

徐々に貯金ができるようになりましたし

長期的な目標も立てやすくなったと思います。

 

なので、あくまでも自分にとっては

現在も地獄なんですが

以前のような

まともに定職に就けなかったころの地獄よりは

色々とマシだと思っています。

 

相変わらず

しんどいことの連続なんですけど

それはもうしょうがない

こんなどうしようもない

無能に生まれてしまった以上

惨めに生き続けるしかありません。

命を絶つ覚悟すらないのですから。

 

この人生も

いつかは終わってくれるというのが

自分にとって唯一の救いです。

その日がくるまで

なんとか堪えていこうと思います。

 

というわけで

 

それでは。

 

 

 

 

 

 

 

社会的弱者の日常

今日はピアノの練習を

2時間くらいできました。

 

昼間は大型書店に赴いて

ピアノ練習用の教材などを立ち読みしにいきました。

いまはSimply Pianoというアプリを使って

練習しているのですが

このまま独習するにあたって基礎的なことを

改めて抑えておいた方がいいのかよくわかないんですよね

教材はバイエルとかハノンなど段階によって

色々あるみたいですけど

どれを選べばいいのかさっぱり。

ネットで調べてみると

バイエルから始めるといいらしいのですが

バイエルは古典的な教材なので

最近では使用してないピアノ教室も多いとか書いてあって

躊躇しています。

そもそも

ポピュラーピアノを弾けるようになりたいのですが

バイエルが必要なのかどうかもよくわかりません。

というわけで、ピアノ教材は買わずに引き返してきました。

 

代わりに購入した本

 

「チャヴ 弱者を敵視する社会」

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以前から気になっていた本です。

 

ネットを眺めていると

「自己責任」や「正論」という言葉が

他人を責めるために使われ

弱者を蔑視する風潮が

蔓延していると思うのですが

「自己責任」として

糾弾される側の社会的弱者の一人としては

なぜ、そのような現象が蔓延しているのかを

調べてみたいなぁと思っていました。

 

本書は現代の

イギリスの暗部について書かれたものですが

日本で起きている弱者叩きにも

通じるものがあると思うので

是非とも読了してみたいと思います。

 

というわけで

 

それでは。

曖昧でぼんやりとした日常から脱却するために

今日はピアノの練習を5時間くらいやってました。

独学なので自分がどの段階にいるかもわかりませんが

まだまだ初級の段階です。

 

とりあえず

当面はピアノの練習を

習慣化させていきたいと思っています。

 

さらなる段階として

他の趣味や

創作に手を出していこうと

考えておりますが

現時点では

まずはピアノの練習を

習慣化させることを先決します。

 

孤独な状態が続くと

段々と寂しさに囚われだして

日常が曖昧になっていきます

あの頃、一体何をしていたんだろう?

という不明瞭な期間が

自分には多くあります

 

孤独感や空虚感を埋めるために

TwitterなどのSNSを眺めたり

書き込みをするようになったころ

膨大な時間が溶けていったように思います。

 

仲のいい相手がいるわけでもないのに

SNSに病みつきになり

短絡的な愚痴を垂れ流していくうちに

思考力がみるみると低下し

本来の心までを置き去りにしたまま

膨大な時間をスマホ

PCのディスプレイに投入してしまいました。

 

その結果、

趣味に没頭する人ですらない

なんにも精通していない

なんの特色もない

とても曖昧で

ぼんやりとした

よくわからない人間になってしまったように

感じています

 

ブログならいいのか?って疑問が

あるかもしれませんが

TwitterなどのSNSに熱中するよりは

まだマシかなと

個人的には感じております。

長文を書く練習にもなるし

投稿が終われば

とりあえずはひと段落するからです。

 

ゲームにせよ、SNSにせよ

その瞬間は楽しくとも

おわりが見えず

時間が溶けてなくなるようなものには

今後、なるべく

手を出さないようにしていきたいものです。

 

自分がまだ若ければ

そういうたぐいのものに

熱中できる精神的な余裕があるのかもしれませんが

中年に差し掛かって思うことは

これ以上

曖昧に過ごしたくないんですよね

歳をとり働き出して尚更思うことですが

一日が過ぎるのがとにかく早い。

 

1週間の過ぎる速度が10代の頃の3日くらいの感覚です。

 

それに、自制心が乏しいという自覚があるので

依存性があるものにはなるべく距離を置くように

しなくてはならないと思っています。

 

もちろん、ゲームだったりSNSをやりながら

日々を充実的に過ごしているという方も

いらっしゃるでしょうが

意志薄弱な自分には到底無理な芸当なんですよね。

 

ピアノの練習をしていて思うことですけど

弾けなかった小節が練習することによって

スムーズに弾けるようになったりといった

達成感があるんですよね

今は、そういう

ちょっとした成長を感じられる機会を

増やしていきたいなと思います。

 

 

たとえ、ピアノが上手くなったからといって

人生が充実するわけでもないんでしょうが

これ以上

日常を曖昧にしないように

少しづつ自分が向かいたい方向性を定めていくように

努めていきたいと思っております。

 

 

というわけで

 

それでは。

人には、あらゆる事情がある

創作ブログとして

再スタートしたつもりですが

元ひきこもりの一人として

スルー出来ない事件がまたもや起こったようなので

雑感を述べていきたいと思います。

 

ひきこもりの息子を刺し殺した

農水省事務次官の事件です。

事件そのものは

引きこもりの息子を父親が刺殺したという内容ですが

被害者のアカウントが特定されるというのは

ネット時代ならでは、ですね。

 

被害者がTwitterをやっていたらしく

彼のツイートが今でも拝見できます。

ドラクエ10に課金していたようで

日夜、自宅でゲームに興じていたとのこと。

月30万ほどドラクエ10に課金していたという

ツイートなどがのこされており

被害者の存命時の人となりが生々しく

記録されています。

 

 

ひきこもりといっても、ピンキリで

自分の場合

実家がクソがつくほどの貧乏だったので

完全にひきこもることは不可能でした。

 

とはいえ、フルタイムで働き続けるというのも

精神的に(能力的にも)きつかったのもあり

短期アルバイトである程度お金を貯めたら

貯金が尽きるころまでまたひきこもる…。

という半ひきこもり的な生活を

27歳くらいまで続けていましたね。

 

28歳くらいのころ、たまたま長期で就いた

派遣のアルバイトがきっかけで

ようやく実家から脱出することができ

現在に至ります。

 

自分の場合は

親兄弟との折り合いが悪く

居心地の悪い実家だったので

一人で暮らしてみて思うことは

もっと早くに、無理やりにでも

実家をでるべきだったなということです。

 

実家に居ることによって

自分の活力が地味に奪われ続けていたことを

実家を出てからわかりました。

それくらい

精神的な解放感があったということです。

 

実家にいることで

視野狭窄が起こるというか

他の選択肢みたいなものが

全く思い浮かばなくなるんですよね

ひきこもっているなら尚更だと思います。

 

今回の事件をみて

個人的には

月30万もあれば

旅行でも習い事でもなんでも

出来るじゃねえか。。。

とある種の羨ましさも感じるわけですけど

 

 この発想というのは

自分がいま現在

実家を出て働いているからこそ

出てくる思考なのだと思います。

 

自分がいまも

実家でひきこもっていたのなら 

月30万円あっても

同じようにネットゲームに興じていたかもしれません。

 

 

実家に居続けられる環境ならば

自分もそうしていたでしょう

働かなくてもお金がもらえるのなら

働かなければならない

という焦りもなかったかもしれません。

 

自分の場合

実家が貧乏で居心地が悪かったという

ひきこもりが社会復帰するための

条件が辛うじてそろっていたにすぎません。

 

しかし

被害に遭われた方が

月30万円を他のことに活用していたならば

まったく、別の活路もあったと思います。

お金があればあるほどに

選択肢が増えるということですので

お金はないよりあった方が絶対的に

有効であることは間違いないと思います。

 

その、ありえたはずの選択肢が

あらゆる個人的な事情によって

精神的に抑圧され

視野狭窄され

結果的には実家に籠り

ネットゲームに興じ続けてしまうという

状態に至ってしまったのではないでしょうか。

 

ネットでは

被害者が残したツイートの

幼稚性みたいなものが

揶揄されているのが現状でしょうけど

 

元ひきこもりの一人としては

彼が、そうなるに至った事情というのを

あらゆる視点から想像してみて

おそらく

様々な葛藤があったのだろうな、と

勝手に心情を汲み取り

なんだか

表現しきれない

やりきれなさを感じるのでした。

 

というわけで

 

それでは。

 

 

リスタート

以前の投稿を消して

ブログタイトルとアカウント名を変えました。

いずれこのブログも削除し

自サイトへ移動するつもりですが

とりあえずそれまで

ここで

書いていこうと思います。

 

以前の記事を消してしまったので

ざっくりと自己紹介

させていただくと

 

 

過去に引きこもったり

親と縁を切ったり

ADHDと診断されたりしながら

何とか働いて

ギリギリ生きている30代のチンケな人間です。

 

先日、物騒な通り魔事件が起きていましたよね

どっちかというと

例の加害者側の境遇に近い人間かと思います。

(証明写真以外で自分を撮影することがないような人生です)

 

孤独死予備軍というか

まあ、そんな感じでしょうか

 

自分の場合

あんまりこの社会に興味がないというか

そもそも他人への関心も薄いので

自暴自棄になったとしても

誰かを巻き添えにするつもりはなく

一人で死ぬつもりです

と一応、弁解しておきます。

 

現在、働いてはいますが

休日は買い出し以外は

引きこもっていて

ひと言も発することがないような

空虚な生活をしており
(そもそも贅沢できるような賃金ではないので)

 

正直なところ

なんで生きているのか

なんのために働いているのか

自分でもよくわからない状態なのですが

とりあえず、この人生を継続するにあたり

ささやかな生きがいみたいなものを

無理やりにでも

ひねりだしていかなくては

不味いと思っております。 
(あまりに空虚すぎて気が滅入るため)

 

自分としては創作を趣味とし

それをささやかな生きがいに

していきたいと思っており

 

今のところ

イラスト

web漫画

作曲(ボカロ系になるかと思います)

などを作るために

 

ゼロから独学していきつつ

作品として発表できるようになりたいと

いう目標を立てております。

 

このまま何とか働きながら

絵や楽器の練習をしつつ

作品をつくり

出来上がったものを

インターネットなどで公開する

 

そういったサイクルを過ごしつつ

寿命がくるまで

この人生を耐えていきたいと

思っております。

 

いま現在

楽器を買ったり

絵の教則本を買ったりして

独学で練習し始めています。

 

絵は、以前に

らくがきのようなものを

描いていましたが

 

過去絵

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最近はほとんど描かなくなり

かなりブランクがあるので

またゼロからやり直してみるつもりです。

 

楽器は

電子ピアノとギターを購入しました。

自宅でぼちぼちと練習していますが

全くの未経験なので

右も左もわからない状態です。

 

作曲については

cubaseという

PC用の作曲ソフトが

セールだったので購入しました。

 

 

ブログタイトルでは

「日常と労働と創作」

となっておりますが

基本的には創作について

ブログで書いていこうと思います。

 

ないない尽くしの孤独死予備軍が

この人生を耐え忍ぶ方法として

もはや創作活動しかねえだろ

というのが自分の結論でございます。

 

それでは。